青森県の徐福伝説

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青森県の徐福伝説

 青物県の津軽半島は日本最北端の徐福伝説地です。
 津軽半島の西側,日本海に面して小泊岬があります。標高299mの権現崎に尾崎神社があり,徐福は航海の神として祀られています。

tsugaru-53.JPG日本最北の徐福像

小泊岬・権現崎

tsugaru-01.JPG小泊岬
 権現崎は津軽国定公園の一部にもなっており,日本海側に突き出た半島にあります。標高229mの尾崎山の岩肌は荒々しく,「権現キャニオン」ともよばれます。ここに秦の始皇帝の命令により不老不死の仙薬を探し求めた徐福の伝承があります。十三湖を越えて脇元海岸から尾崎半島の全景を見ることができます。

ライオン海道

tsugaru-03.JPGライオン海道
 国道339号(竜泊ライン)を北上,小泊港に向かう道を左にライオン海道に入ります。ライオンベイブリッジとライオンゲートブリッジの二つの橋が架かっていて,それらの両サイドにはライオン像があります。この橋の名前は,小泊12景の一つライオン岩からつけられました。

ライオン像1

tsugaru-59.JPGライオン像
 さまざまなスタイルのライオン像が立っています。

ライオン像2

tsugaru-58.JPGライオン像
これらのライオン像を見ると,ここは日本ではないような錯覚になります。

徐福の里

tsugaru-05.JPG徐福の里
 道の駅こどまり「ポントマリ」に「徐福の里」があります。海産物や農産物など多くの地場産品が売られています。
青森県北津軽郡中泊町小泊字折腰内45番地
地図

徐福像

tsugaru-54.JPG徐福像
 徐福の里公園にある像は日本各地にある徐福像でも最北のものです。

権現崎

tsugaru-08.JPG権現崎 小泊への道
 下前から権現崎の道が崖崩れで通れなくなっている(2009年8月現在)ため,小泊港へは山を越えて半島の北側に向かうことになります。



小泊岬道

tsugaru-57.JPG尾崎神社石碑
 下前地区には熊野神社があります。平安時代,紀州和歌山からこの地に尾崎一族が移住したと伝えられています。そのとき,ここに熊野大権現が祀られました。小泊岬登山口の石碑(下前~小泊港 閉鎖)

小泊港

tsugaru-09.JPG小泊港
 小泊港の全景です。写真左下方,自動車が止まっているところに駐車場があります。

権現崎への自然歩道

tsugaru-51.JPG神明社鳥居
 ①尾崎神社・権現崎展望台へは山越えの道を行くことになります。土砂崩れがあってからは,地元の方も行ってないそうで,どのようになっているかはわからないし,片道約2時間はかかる山道だから十分気をつけるようにと地元の方に言われました。

tsugaru-49.JPG神明橋
 ②神明宮への近道の案内があったので,神明橋を渡ります。 神明宮の大鳥居までは細い道を通って車でも来ることができそうです。

tsugaru-46.JPG神明宮の鳥居
 ③神明宮の鳥居をくぐり,柴崎城方向に向かいます。

tsugaru-47.JPG自然道入り口
 ④ここから山登りの道が続きます。

tsugaru-45.JPG権現崎への案内板
 ⑤所々に権現崎方向を案内する標識が立っています。あと何キロかがわかりますが,小泊港から展望台へは6キロぐらいあるように思います。

tsugaru-44.JPG権現崎への案内板
 ⑥山道は草が刈ってあり,東北自然歩道として整備されています。そのため,道に迷うことはなさそうです。

tsugaru-43.JPG権現崎への案内板
 ⑦小泊での滞在時間を3時間と決めていたため,時間短縮のため,軽装で,ランニングしました。

tsugaru-40.JPG休憩所
 ⑧休憩所は2か所ありました。今年はなかなか梅雨が明けず,長雨が続きました。そのためここまでの山道の所々で小さな土砂崩れがありました。十分注意して進みました。

tsugaru-37.JPG自然歩道
 ⑨行程全体はガレ場はなく細い土の道が続きます。上り道が多いのですが,左写真の坂道程度で急角度の上り道はありません。

tsugaru-34.JPG権現崎自然歩道から日本海
 ⑩あと少しで頂上というところで日本海が見えました。眼前に崖が広がります。

tsugaru-30.JPG自然歩道
 ⑪ここまでで約1時間。歩いたり走ったりの道でしたが,あと少しで神社に着きそうです。平坦な道が続き,いよいよゴールです。

尾崎神社

tsugaru-24.JPG尾崎神社鳥居
 突然に尾崎神社の鳥居が見えました。
地図

由緒

tsugaru-21.JPG尾崎神社狛犬
 尾崎神社は807年,平安時代に建てられました。山全体が修験者の聖地とされていたようです。尾崎神社は飛龍大権現を祭神とし,飛龍宮と呼ばれていました。また,徐福が航海の神として祀られています。

tsugaru-60.JPG尾崎神社
 飛龍大権現は紀州熊野三山と関係があります。
このため,徐福伝説は和歌山県からこの地にもたらされたものではないかとも言われています。実際に徐福がこの地を訪れたのではなく,徐福伝承のある紀州の人たちがこの地に移住したことで,ここに徐福伝承が根付いたとも考えられるのです。

tsugaru-11.JPG尾崎神社
 明治時代の神仏分離で,伊邪那岐命・伊邪那美命を祭神として尾崎神社と改称されました。尾崎神社の神主は徐福の子孫だと言われています。毎年8月16日に大祭が行われているようです。

権現崎展望台

tsugaru-19.JPG権現崎展望台
 尾崎神社本殿の右から展望台への道が続きます。北緯41度25分,東経140度15分,標高229mにある権現崎展望台です。

日本海

tsugaru-15.JPG権現崎
 眼前に日本海が広がります。
晴れた日には津軽富士と呼ばれる岩木山や津軽半島の北端に位置する竜飛崎,また,北海道の松前半島まで見ることができます。

tsugaru-17.JPG小泊岬灯台
 小泊岬南灯台が眼下に見えますが,ここに行くことはできません。

tsugaru-18.JPG権現崎展望台より西北方向
 徐福は小泊岬に上陸しました。

tsugaru-16.JPG権現崎展望台より南方向
 徐福は尾崎山で仙薬のギョウジャニンニクを採っていたと伝えられています。また,村人に薬草や漁法を教え,生活をともにしていたそうです。

ギョウジャニンニク (『ウィキペディア(Wikipedia)』)

徐福伝説最北の地

tsugaru-50.JPG小泊
 小泊には別の伝承がありました。
中国から船出した徐福の船団のうち,部下たちの船は紀伊半島に到着しました。しかし,徐福は対馬海流に乗って北上し,津軽半島の下前に漂着したのです。徐福は中国に帰って死んだと伝えられています。その後,1711年に徐福の子孫が下前にやってきて定住しました。

tsugaru-56.JPG
 子孫は観音像と徐福像を持ってきました。この徐福像については,かつて和歌山県新宮市の阿須賀神社に置かれていたものではないかと言われています。小泊への移住の際持ってきたのではと言うことです。



tsugaru-52.JPG竜飛岬から見る小泊岬遠景 (灯台の後ろに見える)
 東シナ海を出た船は季節風によって南向きに進みます。そして対馬海流に乗れば日本海沿岸のどこかにたどり着きます。大船団で出航したのでひとかたまりで動くことはなく,ある船は対馬海流に乗って東北地方まで,またある船は黒潮に乗って紀伊半島などにばらばらに流れ着いたはずです。





尾崎神社を訪問するにあたり,中泊町広報課,「徐福の里」にお世話になりました。